書店員Nのほのぼのコラム第1回「さすがスイッチ!」
とりあえずもうなんかこのコラム誰も見てないみたいだから、おススメとかもう別に関係無しに自分が好きなもんだけダラダラ書こうかな、みたいな。
もうみんな好きなもん買えばいいじゃない。本屋で表紙見てあ、これおもしろそうとか思ったやつだけ買えばいいじゃない。命かけておススメとか暑っ苦しいしさ。本屋でこれが売れてますとかお仕着せがましいでしょ。
自分が読みたいやつだけ自分で選んで読めばいいんだよ。
そうして世界は回っていくんだよ。自分がいようがいまいが地球は回転して太陽は昇って沈んでドラゴンボールの実写映画は公開されてしまうんだよ。もう止められないんだよ。
生きていくってつらすぎー。
そんなこんなでドラゴンボールから少年ジャンプにうまくつながったところで、スケットダンスの話です。
人間弱ってる時は、なんかこうゆるーい感じの刺激物の少ないものに癒されますよね。
今、俺がそう。何一ついいことのない人生に更に何にも無くなってもうオッパッピーみたいな。遅れてるけど死語というほどでもない、微妙な流行言葉も臆せず使えるぐらい心が麻痺してる感じ?
そういう時にこれ読むとなぜかなごむんですよね。このなんとゆーか微妙な感じに癒されるというか。師匠筋の銀魂とかもそうですけど、おもしろいのかおもしろくないのかはっきりしろ、みたいなそれ全然ほめ言葉じゃないんだけど、でもそれが作品の本質を突いてるようないないような。
だってだからいいんだもん。だから癒されるんだもん。
今一番おもしろいギャグマンガ一位は『銀魂』って、どんだけ日本は病んでるんだって思いましたよ私は。
健康な人には必要の無いマンガです。でもとりあえず汚染深度5ぐらい。それ以上越えると処方箋は『じゃりン子チエ』が必要になってきます。
このマンガの何がいいのかというと、一応主人公ということになってるボッスンと、一応メインヒロインということになってるヒメコの二人です。
「一応」「ということになってる」が付くぐらい、メイン二人の影は薄く、周りの濃すぎる脇役に比べて造形的なキャラ立ちも今ひとつです。
特に全キャラへのツッコミを一人で担うヒメコに比べて、ボッスンの地味さは尋常でなく、すでにその地味さと影の薄さが唯一のネタになりつつあります(何せ特技が集中力がある、絵が上手いの二つだけという、ジャンプマンガ史上空前絶後の地味っぷり)。
で、毎回事件が解決される度にボッスンのみじめさや卑屈さが浮きぼりになって終わるといのが、定番のオチになりつつあるわけですが、そんな時のヒメコのボッスンをいたわる感じがいいんですよ。
単行本3巻でスケット団に漫画家が取材しに来る回があるんですが、主人公のモデルとしてボッスンにインタビューを進めていくうちに、あらためて彼のキャラ立ちの薄さが明確になっていくという非常にメタ的なネタです。
で、その時にボッスンの横にヒメコが座りながら、漫画家がダメ出しする度に「ほれ!!アレあるやんゴーグルの!!」とか「ガーン言ったれや!自信持って!」とか「優しい、ボッスン優しいやんな?」とかずーっと一生懸命フォローを入れるわけです。
なんかその姿がホントいたわってるという感じがありありとわかって、二人の関係性が浮きぼりになり見ていてほのぼのとしてきます。
こういったギャグ色の強いマンガだと、いじられ役は総ツッコミを受けて誰もフォローしてくれないのが普通な気がしますが、ヒメコは随一といってもいいツッコミのエキスパートにも関わらず、ボッスンが本気で落ち込んでる場面ではそういった行動は一切取りません。
かといってボッスンとヒメコの関係が、彼氏彼女的な生々しいものなのかというとそうではなく、あえていうなら二十年以上連れ添った夫婦のような自然な身内感が出ています。
そう、仲間よりもう一歩進んだ「身内」という感覚。ボッスン、ヒメコ、そしてパソコンで合成された音声でしか喋らないというキャラ立ちまくりのスイッチ、スケット団メンバーの絶妙なお互いの距離感覚は、この身内という言葉が一番しっくりはまる気がします。
ここ最近特に打ち切り競争が激しく、巷ではファンの阿鼻叫喚の悲鳴が充満している少年ジャンプですが、なんとか少しでも長く生き残って僕のこの虚ろな心を癒してもらいたいです。
あとタイトルで使っておきながら本稿で全然取り上げなかったスイッチですが、僕があのセリフを書きたかっただけです。すみません。生まれてきてごめんなさい。

- タイトル
- SKET DANCE (3)
- 著者
- 篠原 健太
- 発行
- 集英社
- 発売日
- 2008-04-04
- 価格
- ¥ 410(税込)











